ミサミサの北斎散歩

ミサミサの北斎散歩 第1回

青春座ホームページを見放す事なくご覧くださっている皆様!大変お待たせいたしました!

m(_ _)m 超久々の新企画でございます。(≧∇≦)

 

今回の芝居は『北斎とお栄』と言う事で、私ミサミサが、色々と北斎さんの縁にかこつけてウロつきながらレポートしてしまおうという、何だかよくわからない企画です。(⌒~⌒)さて、どんな所を散歩いたしますやら…(^w^)

 

 

記念すべき第1回目は、東京都墨田区にあります『北斎通り』です。

両国国技館のある両国駅から徒歩数分。江戸東京博物館の正面の交差点から、錦糸町駅方面までまっすぐに伸びる道です。距離は約2キロ。片道のんびり徒歩で30分位ってとこです。

 

ここからスタート!今回は時間がなくて行けなかったけど、江戸東京博物館にも行きたいです~。


ここからま~っすぐ錦糸町に向かってひたすら歩くのであります。


入口付近にはこんな表示が。


これは街路灯。

こんな風に2面に、ラミネート加工された北斎さんの絵が貼られております。


道路を挟んだ向こう側の歩道にも。こんな感じで街路灯91本、103枚の絵を見ながら歩くのです。

ちなみに両側の歩道の絵は同じものです。一方は両国駅側から、もう一方は錦糸町側から、同じラインナップで並んでますので、丁度半分辺りで引き返しても、全部見られるってわけです。頭いいね!(o^∀^o)

 

そもそもこの通りは昔はお堀だったことから、「割下水通り」と呼ばれてたそうで、その付近で北斎さんは生まれのだと言われてるそーな。

(亀沢・北斎ネットホームページありがとう。興味のある方は是非アクセスしてみて下さいませ。)

 

途中公園付近で妙な建物発見!

近づいて見ると公衆トイレでした!

こんなとこにまで北斎さんの絵が…。f^_^;

さすが両国!お相撲さんの姿がいっぱい。夏場所初日の前日だったせいかな?

さすがに2キロを往復はしんどかったので(真夏日だったの(T_T))中間地点でUターン!(^w^) 綺麗な夕日を浴びながら、北斎通りを後にいたしました。

皆さん東京に行かれた際は、是非一度、北斎通りをのんびり散歩してみて下さいませ。 (*^o^*)

そしてこの後、暑さで渇ききった喉を潤すべくミサミサが浅草の牛もつ通りに足を伸ばし、生ビールのメガジョッキをイッキ飲みしたのは言うまでもないのであった…。

 

 

ミサミサの北斎散歩 第2回

9月末迄の執念深い蒸し暑さが嘘のように急に冷え込ん参りましたが、皆様風邪などひかれておりませんか?

ぼちぼちミサミサの『バスの中ではマスク装着(^_^)v』が始まります。

今年も本番終わる迄、絶対に風邪ひかないぞ~!(^o^)/

 

さて、今日のお散歩は浅草界隈でございます。

前日の疲れは生ビールメガジョッキと牛もつ煮込みですっかり解消(^w^)

朝ご飯バイキングを軽く3人前平らげて、エネルギー充填完了!

今日も歩くぞ~!\(^ー^)/

 

まずは今戸神社へ。

実はここ、北斎さんとは全然関係ないんですが、たまたまホテルのすぐ近くだったし、招き猫発祥の神社のひとつだとガイドブックで読みまして、行ってみました。

こんなかわいい招き猫が迎えてくれます。

頭に触れると幸運が訪れるとか。なでなで(*^o^*)


ここは新撰組の沖田総司の終焉の場所だそうな!へ~! (◎o◎)

お社の中にも巨大な招き猫が!なんだか御利益ありそうで、公演の成功をお願いして参りました。 (-^〇^-)ほんわかした雰囲気の優しい神社でした。


今戸神社を出て浅草駅方面を目指していると…

おお~!

目の前に現れたあの長細い建造物は!

(」゜□゜)」スカイツリーではありませんか!

昨日は夜道だったから全然気付かなかったのね。

まだライトアップされてないし。 (o^∀^o)

 


スカイツリーを眺めながら、次は北斎さんのお墓参り。

元浅草の誓教寺を目指します。

 

炎天下の中、地図を片手に歩きに歩いて約40分!多分~バスとか~何か交通機関あったんだろうけど~地図を見て無謀にも徒歩を選んだワタクシ。思ったより遠かった!これだからオノボリさんは…。 (T_T)

何とか辿り着いたけど、ちょっと大きな普通の民家みたいな門構えだったもんで、思いきり素通り。 f^_^;

探索の末やっと到着。

ここが北斎さんのお墓がある誓教寺です。

門扉の端っこが開いてたので、恐る恐る中へ。

 

 

 

 

緑が鮮やかでとても落ち着いた空間です。北斎さんの像が出迎えてくれてるように建ってます。

ところでお墓は?…とうろつく私を不審者と思ったか、お寺の奥さんらしき人が出て来て、脇道から入る墓地を教えてくれました。 m(_ _)m

 

 

 

これが北斎さんのお墓です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面の文字は『画狂老人卍墓』と読みます。


自らを画狂老人と称するあたりは、いかにも北斎さん!って感じですが、私はこれ、お栄さんがつけたんじゃないのかな~…と思ってるんです。真実の程はわかりませんが、今回の芝居の親子を見ていたら、そんな気がしてなりません。

 

囲いがあるから見えませんが、墓石の右側面には、北斎さんの辞世の句

『ひと魂でゆく気散じや夏の原』が刻まれているそうな。 

北斎さんに思いを馳せながら(江口氏の顔しか思い浮かばないんですが)芝居をさせていただくご報告と、舞台を見守ってくださるよう、お参りさせていただきました。

最後にもう一度、北斎さんの像にご挨拶して、今回の散歩のメインイベントは無事終了!

皆さんも浅草に行かれた際は、是非誓教寺に足を運んでみて下さいませ。くれぐれも素通りしませんように。 (*^o^*)

では、散歩の続きはまた次回ってことで。

おさらばえ~(^◇^)┛

 

 

ミサミサの北斎散歩 第3回

ミサミサでございます(^O^)

今回も気儘な散歩にお付き合いくだしゃんせ。

さて、今年の夏もホントにお暑うございました。今ではもう懐かしい気がいたしますが。でも私の散歩は今回もまだ真夏日です!

どうかあの炎天下灼熱地獄を思い浮かべながらお読みくだしゃんせ。 (o^∀^o)

 

北斎さんのお墓参りから、またまた徒歩を選んでしまったオノボリさんミサミサは、歩く!ひたすら歩く!!!

目指すは吉原遊廓跡でありんす。 ミ

サミサは今回花魁役をやらせていただきますので、是非とも吉原遊廓 跡に行ってみたかったのです。 (*^o^*)

 

吉原遊廓は元々は現在の日本橋人形町にあったそうですが、大火で燃えてしまい、浅草浅草寺の裏手一帯(現在の千束)に場所を移されたそうです。

そこは新吉原と呼ばれました。今回の舞台で登場するのは新吉原です。

ビルの谷間に見え隠れするスカイツリーを眺めながら歩くこと30分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず到着したのは、吉原弁財天です。


吉原にまつわる場所と言えば、やはりどこも哀しいいきさつばかりです。

このあたりには昔弁天池という大きな池があったそうです。

関東大震災の時に吉原一帯が炎に包まれ、周囲を高い塀で囲まれていた遊廓の敷地から逃げ遅れた490人もの遊女がその池に飛び込んで亡くなった場所なのだそうです。悲惨な話です。

彼女達の供養の為に建立された観音様は、本当に慈愛に満ちた優しい美しいお顔でした。

お社は色の塗り替え中で見られなかったので、供養のロウソクを灯して参りました。

 

吉原弁財天から歩いて2分のところに、吉原神社が有ります。

吉原遊廓にまつられていた5つの稲荷神社を合祀して建てられた神社だそうです。きっと、吉原の栄枯盛衰、遊女達の喜怒哀楽を全て見守ってきたのでしょうね。


でもそんな歴史はあまり感じさせない、とても鮮やかで美しい神社でした。幸せを祈る女性に御利益があるそうですよ。最近はスピリチュアルスポットとして注目されてるそうです!

前回ご紹介した今戸神社や浅草寺と共に、浅草七福神のひとつなのだそうです。勿論色々と願掛けして参りました!

 

更に5分程歩くと(今でもこの辺りは歓楽街!昼から怪しげな兄さん達が…)吉原大門(おおもん)跡に着きます。名前しか残ってないですけどね。

 

  

 

 

 

 

 

大門を出て帰途についたお客が、遊女と過ごした時間に思いを馳せて吉原を振り返る場所…見返り柳は今でも残っています。 見返り柳とスカイツリーのコラボ(^w^)


そこから更に歩くこと20分程(既にスポーツドリンク1本とお茶1本飲み干しております)で、吉原ツアーの最終目的地、淨閑寺に到着。

三ノ輪駅の真裏で、駅前大通りから1歩入っただけなのに、やけに静かなエリアなんです。ここは、亡くなった遊女の亡骸が運び込まれたお寺だそうです。

入口にお地蔵様が佇んでいます。

隣の説明書きに「投込寺」と書いてあるのが見えますか?

関東大震災よりももっと昔の震災の時、亡くなった遊女達を次々と投げ込んだことから、この通称がついたのだそうです。哀しすぎる…。


裏手の墓地の奥に慰霊塔がありました。 埋葬された遊女は2万人を超えるそうです。平均年齢22歳。過酷な人生です。


石碑に句が刻まれています。

 

『生まれては苦界 死しては淨閑寺』


幸せを手にした遊女は、一握りもいたのでしょうか?

最高位の花魁になれたところで、自由の身ではなかったのです。

知れば知る程、彼女達の人生に胸が痛みます。 お水をたっぷりあげて、ただただ冥福を祈ることしかできませんでした。

今回は数珠を持参。やはり余りにも悲惨な歴史を持つ場所ですから、視える体質の方は結構感じるのだそうです。

住まいは古戦場跡、事故多発道路を挟んだお向かいは霊園という環境でウン十年暮らし、1回も金縛りにさえなったことがないミサミサではありますが一応ね(^_^)v

 

吉原ツアーはあまりにも切なかったので、気分転換と言っては何ですが、最後は浅草寺見物で締めくくりました(*^o^*)

ミサミサの浅草北斎探訪はひとまずこれで終わりです。さて次回はどこからお届けしますか…御期待くだしゃんせ。

では、おさらばえ~V(^-^)V