野枝の稽古場日記

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伊藤野枝こと古田美佐代がおつたえします!

野枝の稽古場日記 その1

1月18日。2008年の稽古始め。

そして『野枝の子守唄』第1回目の読合せ。
初めての読合せはいつも緊張する。自分の台詞の一言目を発する迄ドキドキ…。でも一旦読み出したら、後は最後迄つっ走るだけ。私は読合せが始まる迄はあまり何度も脚本を読まないようにする。内容と人間関係を理解し、台詞をつっかからずに言える程度。あまり読み過ぎると自分で勝手に他の役のキャラを作ってしまい、それが頭に刷り込まれる。そしていざ読合せの時、実際の役の人とのギャップに勝手に戸惑うのだ。だから配役発表から稽古開始迄の期間はひたすら読書。今回も伊藤野枝さんの伝記と著書を手当り次第読みまくった。

読合せは楽しい。皆がどんな役作りをしているか興味津々。意外さに驚いたり、さすが!と感心したり。そして自分の役を見直す。相手の台詞の言い方ひとつで自分の言葉も自然に変化する。まるで化学反応!面白い!
読合せはあと3回。その度に起る新たな化学反応を吸収して、一気に私の野枝像を作り、台詞を覚えなければ!まだスタートしたばかり。大役に気負い過ぎないように、前に進むのみ!!(いけないいけない…充分に気負ってる…)

野枝の稽古場日記 その2

2月8日。

立ち稽古2巡目終了。

脚本を持ちながらだと動き辛いし周りも見えないので早く台詞を覚えてしまいたいのに、なかなか頭に入らない。『もう大丈夫!覚えた!』と臨んでいるのに、稽古が始まった途端、台詞達は銀河系辺りまで飛び去ってしまう。私の大好きな某俳優は、稽古場や撮影現場には一切脚本は持ち込まないという。1つの役だけでもこんなに苦労するのに、同時に幾つもの役をこなすプロの俳優ってやっぱすごい!と改めて尊敬!…なんてしょうもない感心をしてる暇があったらせっせと覚えましょう…。今回の芝居は場がとても多いので、次がどのシーンで上下どっちから出るかを覚えるのも大変だ。『はい明かり入りました…野枝はどこだ!』にならないように、こっちも頑張って覚えないと。

稽古始め寸前の休日、野枝のお墓参りに行こう!と福岡に向った。

早良区の西光寺にあると本で読んだのだ。全然知らない場所だけど便利な世の中、携帯ナビに導かれて無事到着。

ところがもう随分前に生松原に移転して、その場所は定かではないと聞かされた。そのまま生松原へ。住宅地から数十mの松林を『まむし注意』の立札を横目に『寝ててね~』と祈りつつ通り抜ける。すると信じられない位静かで寂しい光景が目の前に広がった。真冬の夕暮時のせいかもしれないが、海辺に沈んでいく夕陽を眺めていると切なさが迫って来た。きっと野枝も昔この場所に立ち、絶望や希望を抱きながらこの風景を見つめたに違いない…

野枝の思いに少し近付けた気がした。結局お墓は判らなかったけど、有意義な独り旅だった。
さあ!来週も頑張ろう!

野枝の稽古場日記 その3

3月7日。

1月は行き、2月は逃げた。3月もきっと瞬く間に去るのだろう。そしたら本番はもう間近。
今の私が欲しい物ベスト3。第3位!ドラえもん製どこでもドア。第2位!コピーロボット美佐代2号。第1位!1日36時間。
脚本を離しての立ち稽古ももう3巡目に入った。

台詞覚えが良いのだけが取り柄の私が、今回は1番モタモタしてみんなに迷惑をかけてます!ごめんなさ~い!でも理由ははっきりしてるし、それもようやく解消されてきたので、次回からはいつものペースを取り戻して頑張ります!ご安心下さい!!!
青春座はアマチュア劇団。皆、仕事や家庭や学校や、他にもいろんな役目をこなしながら芝居をしている。どれも支障なくこなす為に、バランスを崩さない為に、誰もが大変な努力しているのだろうなと改めて思う…だから私も弱音は吐けないし、負けてはいられない!(ちょこっと吐いちゃったけど…)

先日、音入れをした。群衆場面とか、本人は出ずに声だけ流す台詞とかを録音するのだけど、これが結構難しい。スタジオのマイクを前に台詞を言うのは、変に気恥ずかしいし緊張する。今回は歌やら台詞やらいろいろあったが、なんと言っても難しかったのは叫び声!普通マイクを前に叫びません。大杉栄さんとふたりで何度も叫びまくって、一応OKは出たものの…できあがりはまだ聞いてません。どんな声になってる事やら…本番を乞うご期待です!
音も出来たし、衣装も決まりつつある。本番迄はあっと言う間だ。
さあ!来週からは更に気持ちを引き締めて頑張ろう!

野枝の稽古場日記 その4

4月1日。

桜の花が咲き揃い始めた。いよいよ春来たるという感じ。
本番まであと18日。先週から幕毎の通し稽古に入った。それもあと1巡で、あとは全幕通し稽古だ。

どうなる事かと思った衣裳の早変えも、大大大先輩が付きっきり状態で担当して下さる事になり、やっと不安感が消えた…
力強い助っ人に大恐縮しながらも、頼りきってしまっている。正直、こんなにいっぱい衣裳を着させて戴くのは入団以来初めてだし、早変えも勿論初めての経験。始めはもう何が何だか判らなかった。でも今は、舞台裏のこの慌だしさも込みで、この役を演じるという事なのだと悟った。そう腹をくくった途端、早変わりも苦ではなくなるから不思議!(と言うか単純な思考回路だ)お客様にも楽しんでいただけたらいいなと思う。

この時期になってやっと稽古が楽しくなってきた。以前よく座長から、私はいつも楽しそうに稽古をしていると言われた。実際いつも楽しくて仕方なかった。
今回はこんな時期になるまで、そんな気持ちを忘れていたのかと、改めて余裕のなかった自分に気付かされた。楽しいから周りが見えるのか、周りが見えるようになったから楽しいのか…稽古の度に感じる事・気付く事が増えてきた。
時々だけど『台詞』が『自分の言葉』になった感覚がする。こうなると俄然楽しくてなってくる!今日も稽古が楽しみだ!

ところでやっとスイカが安くなった。今回スイカを食べるシーンがあって、ずっと稽古に使いたかったが、なんせ高かった!芝居の中で実際に物を食べるのは大変なのです。私は何故かよく食べるシーンにあたる。寿司・おにぎり・柿の種・朝鮮飴…今回で5回目だ。食べていると台詞が言えなくなるので、何度も練習してタイミングを測らないといけない。今日からやっと食べられる!良かった、スイカで…実は果物の中では2番目に好きです。(ちなみに1番は柿)。

いろんな準備が整ってきた。今は早く通し稽古に入りたい。体力不足にならないように、体調不良にならないように、本番迄、尚一層緊張感を持って生活しなければ!

野枝の稽古場日記 その5

4月15日。

いよいよ本番迄あと4日。明日が最後の稽古。あとはリハーサルだ。 日に日に緊張感が高まってくる。稽古場は勿論の事。階段の上り下り、荷物の上げ降ろし、運転、道を歩く事等々、この時期になると普通の生活の中の様々な場面で緊張する。今怪我をしたり病気になったら大変だ。
私1人の体じゃないんだから…と、まるで妊婦さんの気分。

昨年の秋、次は伊藤野枝の芝居をすると聞いた同じ頃、偶然にもある雑誌で彼女の生涯を書いた記事を読んだ。
名前位しか知らなかった私はその内容にとても興味が湧き、すぐにもっと詳しい内容が書かれた本を読んだ。
井手文子著『自由それは私自身』
一気に読み終えた。そして強烈に惹かれた。彼女は決して高尚な女性でも、類い稀なる才能を持った天才でも、歴史に残るような美女でもない。
普通の、ただ人より少し勝気で、いつも一生懸命な女性だった。その対象が知識であったり、思想であったり、恋愛であったり…けれど常に精一杯である自分を追求し、貫いたのだと思う。
そのプロセスや結果が他人からどんな評価を受けようとも。

そんな思考や行動は、学生時代や20代の頃の私自身を思い起こさせた。その頃の私にとても似ている。そのせいか妙に懐かしく、愛しく思われた。伊藤野枝を演じてみたい…そんな思いがふつふつと湧き上がるのを感じた。
だから今回、野枝の役を戴いた時は心底嬉しかった。ある意味、初主役だという事以上に嬉しかった。

そんな野枝を演じられるのもあと5回。最後の稽古、2回のリハーサル、そして2回の本番…それで終り。だから1回1回を大切に演じたい。30歳位迄はもっと沢山の本を読んで勉強して、それからの活動に活かしたいと常々望んでいた野枝。けれどその30歳迄すら生きられなかった野枝。そんな彼女をもう1度、この世に息づかせる事ができたら…と思う。それが私の目標かもしれません。

私の拙い稽古場日記におつきあい頂いて本当に有難うございました。
あとはもう、精一杯の心を込めて舞台を努めさせていただくだけです。どうぞ一時、大正デモクラシーの波に浸って下さい。青春座一同、芸術劇場でお待ちしています。
終演後、あのロビーでお会いしましょう。